どういう理由で北九州エコタウンが第1号となったのでしょうか?
若松区の響灘埋立地は、関門航路整備の際の土砂や工場廃棄物などの処分場として埋め立てが始まり、1世紀にわたって築かれてきた約2000haの広大な土地でしたが、雑草茂る遊休地になっていました。しかし一方で、広大で安価な土地や、豊富な工業用水、さらに既存産業集積地が近接するなど多くの長所を持っており、その有効活用こそが、北九州市の21世紀を左右し得る重要課題の一つでした。
平成元年にこの響灘埋立地の有効利用について、産学官からなる研究会が発足し、さまざまな角度から利用法を検討してきました。そうした中、工業都市として長く培ってきた技術と、深刻な公害問題を克服したノウハウを活かして、広大な響灘埋立地を舞台に、新たな環境産業を展開できないかという一つのアイディア(エコタウン)が浮上しました。
前例のない環境産業の一大拠点づくりを目指して北九州市では産学官が勉強と研究を重ねて、やがて道筋が見えてきたころ、国でも資源循環型社会の実現に向けた動きが盛んになり、平成9年、当時の通産省が「エコタウン構想」を打ち出しました。北九州市にはその構想を受入れるだけの十分な準備・検討がすでにできていたことが第1号承認となった主な要因です。
<経緯>
平成元年にこの響灘埋立地の有効利用について、産学官からなる研究会が発足し、さまざまな角度から利用法を検討してきました。そうした中、工業都市として長く培ってきた技術と、深刻な公害問題を克服したノウハウを活かして、広大な響灘埋立地を舞台に、新たな環境産業を展開できないかという一つのアイディア(エコタウン)が浮上しました。
前例のない環境産業の一大拠点づくりを目指して北九州市では産学官が勉強と研究を重ねて、やがて道筋が見えてきたころ、国でも資源循環型社会の実現に向けた動きが盛んになり、平成9年、当時の通産省が「エコタウン構想」を打ち出しました。北九州市にはその構想を受入れるだけの十分な準備・検討がすでにできていたことが第1号承認となった主な要因です。
<経緯>
- 平成元年〜平成4年 「響灘開発基本構想」の策定
- 平成6年〜平成8年 「響灘開発基本計画」の策定
- 平成9年7月10日 「北九州エコタウンプラン」の策定
北九州市は他の3都市(川崎市、長野県飯田市、岐阜県)とともに通産省からエコタウンプラン全国第1号の承認を受けました。
回答者:北九州市





